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東京地方裁判所 平成5年(ワ)6126号 判決

原告

安田千恵子

右訴訟代理人弁護士

高橋直治

被告

小澤敏彦

主文

一  被告が東京法務局所属公証人山崎宏八作成昭和六三年第三〇二〇号建物賃貸借契約公正証書に基づき、平成五年三月一一日に別紙差押物件目録記載の動産についてした強制執行(当庁平成四年(執イ)第一四〇二六号動産執行事件)は、許さない。

二  原告と被告の間において、右強制執行の請求債権(平成元年七月から平成二年三月までの一か月三一万円の賃料及び管理費に対する同年五月一日から平成四年一一月六日までの日歩七銭の割合による損害金一八四万四五〇〇円のうち四七万七四〇〇円)が存在しないことを確認する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  本件について当裁判所が平成五年四月七日にした強制執行停止決定を認可する。

五  この判決の第四項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

主文と同旨

第二事案の概要

一判断の基礎となる事実

1  原告は被告から店舗を賃借しており、右賃貸借契約について、主文第一項掲記の公正証書が作成されている。

2  被告は、右公正証書の執行力ある正本に基づき、平成四年、原告を相手方として、当庁に動産執行の申立てをし(平成四年(執イ)第一四〇二六号事件、以下「本件動産執行」という。)、この申立てに基づいて平成五年三月一一日強制執行が行われたが、右店舗内には、既に被告の申立てによりなされた動産執行(平成三年(執イ)第六二九六号事件)において差し押さえられた動産のほかには差し押さえるべき動産がなかったため、本件動産執行事件は右先行動産執行事件に併合された。

3  本件動産執行事件の請求債権は、平成元年七月から平成二年三月までの一か月三一万円の賃料及び管理費に対する同年五月一日から平成四年一一月六日までの日歩七銭の割合による損害金一八四万四五〇〇円のうち四七万七四〇〇円である。

一方、原告は被告に対し、右期間中の賃料及び管理費として一か月三一万円を弁済供託している。

(以上の事実は当事者間に争いがない。)

4  原告は、右弁済供託の理由について、平成元年五月一二日に被告指定の銀行口座に賃料及び管理費を送金したが、被告が指定口座を閉鎖してしまったため、以後、弁済供託の手続を取らざるをえなかったと主張している。

これに対して、被告は、右指定銀行口座を被告が閉鎖した事実はないと主張し、また、原告の弁済供託については、その取戻請求権の一部が被告による債権差押命令及び転付命令の取得により消滅し、結果として取戻しが実施された状態になっており、有効な弁済供託とはいえない等、いくつかの抗弁及び主張をして、原告の主張を争っている。

二争点

1  請求異議の訴えにより、具体的執行行為の排除を求めることができるか。

被告は、この争点に関する主張をしていないが、本訴は既に実施された動産執行の排除を求めるものであるところ、請求異議の訴えにより、具体的執行行為の排除を求めることができるかどうかが、まず第一の争点となる。

2  本訴が二重起訴禁止の規定に違反し、不適法なものであるかどうか。

原告が、本件動産執行事件と併合されている当庁平成三年(執イ)第六二九六号動産執行事件についても請求異議訴訟を提起していることは、原告の自認するところであるが、被告は、これが請求異議事由の同時主張を義務づける民事執行法三五条三項、三四条二項に違反し、二重起訴の禁止の規定に違反すると主張する。

3  本件弁済供託につき、被告の受領拒絶があったかどうか。

4  本件弁済供託につき、これを有効とする確定判決又は債権者たる被告の受諾の意思表示がないことを理由に、供託に係る債務についての遅延損害金の発生が止められないものといえるかどうか。

5  本件弁済供託につき、その取戻請求権の一部が被告による債権差押命令及び転付命令の取得により消滅し、結果として取戻しが実施された状態になっており、有効な弁済供託とはいえないものであるかどうか。

6  本件動産執行が目的物の売却(民事執行法一三七条に基づく執行停止中の動産の売却)により訴えの利益を失ったかどうか。

第三争点に対する判断

一請求異議の訴えにより具体的執行行為の排除を求めることができるか。

1 請求異議の訴えは、債務名義の執行力の排除を目的とするものであるから、現実に執行がされたかどうかとは無関係であり、また、債務名義の執行力の排除が認められれば、具体的執行行為を排除することもできることから、一般に、請求異議の訴えにより具体的執行行為の排除を求めることについては、消極に解されている。

しかし、請求異議の訴えにより具体的執行行為の排除を求めることが許されないとまで解する必要はなく、その必要性が認められる特別の事情がある場合には、これを認めて差し支えないものと解するのが相当である。

2  これを本件についてみるのに、本件の債務名義は、賃貸借契約による賃料及び管理費の継続的給付に係るものであり、債権者である被告は、一定の月の賃料及び管理費の支払が遅滞したことによる遅延損害金を請求債権として本件動産執行の申立てをしたものであること、原告の主張する請求異議事由は、毎月発生する賃料及び管理費債権が弁済により消滅していることを理由とするものであること、そのため、本件請求異議訴訟においては、原告は、毎月発生するすべての賃料及び管理費につき、債務消滅原因等を主張立証しなければならないが、本件においては、供託金の取戻請求権の一部につき被告が転付命令を取得するなど、双方当事者の訴訟進行上の合意による争点の簡素化が期待できない明らかな事情があるため、原告にとって、右主張立証の負担は実際上少なくないと考えられること、債務名義の執行力の排除を求めて請求異議訴訟を提起し、これに伴う執行停止の裁判を求める場合の担保の額は、一般に、具体的執行行為の排除を求める場合の執行停止の担保の額に比べて高額であり、本件原告のような賃借人に対してそれを強制することは酷と考えられること等の事情があることが認められ、このような事情のある本件においては、右にいう特別の事情があるものと認定するのが相当である。

3  したがって、本件においては、請求異議訴訟により具体的執行行為の排除を求めることを許すのが相当である。

二本訴が二重起訴の禁止の規定に違反し、不適法なものであるかどうか。

本件請求異議訴訟は具体的執行行為の排除を求めるものであるところ、そのような請求異議訴訟が認められることは、右一の認定判断のとおりである。

したがって、本件請求異議訴訟においては、異議事由として、具体的執行行為の基礎となった請求債権の存在又は消滅を主張することが許されるものであるところ、原告の本訴における請求異議事由は、被告が本件動産執行において請求債権として掲げた平成元年七月から平成二年三月までの賃料及び管理費の不払いによる遅延損害金債権の不発生であり、原告が他の請求異議訴訟において主張している請求異議事由とは重ならないものと認められる。

よって、本件訴訟が二重起訴の禁止の規定に違反するとする被告の主張は理由がない。

三本件弁済供託につき、被告の受領拒絶があったかどうか。

〈書証番号略〉によれば、原告は、平成元年五月一二日に被告の指定銀行口座に賃料及び管理費を振込送金したが、送金に係る金銭が被告の銀行口座に入金されず、同月二二日、原告の銀行口座に戻されたことが認められ、この事実と〈書証番号略〉を合わせ考えると、この振込金の返金は、被告による取引銀行への受領拒絶の依頼に基づくものと推認される。

してみると、被告は原告による賃料及び管理費の送金の受領を拒絶したものと認められるから、原告による弁済供託は、その効力を有するものということができる。

四弁済供託につき、それを有効とする確定判決又は債権者による受益の意思表示が存在しない場合の供託の効力

被告は、弁済供託につき、それを有効とする確定判決又は債権者の受益の意思表示がない場合には、弁済供託は有効とはいえないから、弁済供託があっても、供託に係る債務について遅延損害金の発生を阻止することができないと主張する。しかし、弁済供託が有効になされた以上、債務者は債務履行の遅滞の責めを免れるのであり、遅延損害金は発生しないものというべきである。被告の主張は独自の見解である。

五供託金取戻請求権につき転付命令が確定した場合の供託の効力

被告は、原告がした弁済供託については、被告が供託金取戻請求権の一部に対し差押命令及び転付命令を取得し、右命令は確定したので、その限度で供託金は取戻されたことになるから、有効な弁済供託とはいえないと主張する。そして、〈書証番号略〉によれば、被告は原告が弁済供託した供託金のうち、平成二年八月及び同年九月の供託分について、平成二年一〇月三〇日、債権差押命令及び転付命令を得て、その確定により、右供託金の払渡を受けたことが認められる。

しかし、本件請求異議訴訟においては、本件動産執行の排除が求められているのであり、その執行債権は平成元年七月から平成二年三月までの賃料及び管理費の支払の遅滞による遅延損害金債権であるから、その期間外である平成二年八月及び同年九月分の供託金の払渡があったとしても、本件請求異議訴訟の帰趨には影響しない。

のみならず、被告による右供託金取戻請求権の差押命令及び転付命令の取得は、右供託に係る賃料及び管理費の受領を拒んだ被告自身によるものであるから、一般の供託金取戻請求権の差押・転付命令の確定の問題とは異なり、これによって供託の効力が失われるものと解するのは、信義誠実の原則に反するものというべきである。

六執行停止中の動産の売却と本件請求異議訴訟の訴えの利益

〈書証番号略〉によれば、本件動産執行に係る差押動産は、平成五年九月一七日、被告の申立てにより、民事執行法一三七条の売却が実施され、目的動産を被告が買い取ることにより、売却を終了したことが認められる。

しかし、この場合の差押物の売得金は、執行官によって供託され、以後、この供託金について動産執行が継続するのであるから、右売却によって、本件動産執行の排除を求める本件請求異議訴訟は、何の影響も受けないものというべきである。

七以上のとおりであるから、被告の抗弁ないし主張はいずれも理由がなく、原告の請求は認容すべきであり、本件について当裁判所がした強制執行停止決定は認可すべきものである。

(裁判官園尾隆司)

別紙差押物件目録〈省略〉

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